渥美清 [ あつみきよし ]
生誕年月日 | 1928年3月10日 |
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出生地 | 東京市下谷区車坂町(現・東京都台東区上野七丁目) |
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没年月日 | 1996年8月4日 |
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没地 | 東京都文京区 |
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特記事項 | 本名:田所康雄(たどころやすお) 別名:寅さん、風天(俳号) 職業:俳優、コメディアン ジャンル:映画、テレビドラマ、舞台 活動期間:1951年-1996年 家族:田所友次郎(父)、田所タツ(母)、田所健一郎(兄) 主な映画「拝啓天皇陛下様」「男はつらいよ」「八つ墓村」「幸福の黄色いハンカチ」「キネマの天地」 主なテレビドラマ「渥美清の泣いてたまるか」「男はつらいよ」 受賞:1988年紫綬褒章、1996年国民栄誉賞、ブルーリボン賞主演男優賞 |
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経歴 | 中学卒業後は、上野界隈で的屋のサクラなどを経験し、25歳で浅草フランス座の専属コメディアンとなり、芸名を渥美清とする。 大衆演劇を中心に活動をし始めた矢先、肺結核となり右肺全摘出手術をする。その後復帰し、映画やテレビでの活動も行うようになる。 テレビドラマ「男はつらいよ」で人気を博し、映画に発展。後27年間48作も続く国民的映画へとなる。 「フーテンの寅」で親しまれたが、シリーズの大成功以降は「渥美清」=「寅さん」が定着。寅さんのイメージを大切にするために、プライベートと仕事は完全に切り離し、私生活を徹底的に秘匿にした。 「男はつらいよ」監督の山田洋次は、渥美の記憶力の良さを挙げ「天才だった」と語っており、台本を2,3度読むだけで完璧にセリフが頭に入ってしまったと言われる。また、連続30作主演でギネスブックに登録されている。 1991年に肝臓癌が見つかり、1994年には肺に転移してしまう。これにより1996年8月4日、転移性肺癌のため東京都文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院にて死去。「俺のやせ細った死に顔を他人に見せたくない。骨にしてから世間に知らせてほしい」という遺言より、密葬された。 |
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国民的映画俳優が安らかに眠る
新宿四谷にある源慶寺にて俳優であり、コメディアンの田所康雄は眠っています。
新宿御苑前からは徒歩圏内ですのでアクセス良好です。
墓石には本名の「田所康雄」と刻まれており、どこにも役者「渥美清」の名はありません。「死んでいくのは田所康雄であって、渥美清でも“寅”でもない。絶対に“寅”の墓は作るな」というのは山田洋次監督の言葉。今では田所康雄として、安らかな時をすごしていることでしょう。