六代目尾上菊五郎  [ ろくだいめおのえきくごろう ]

六代目尾上菊五郎
画像元:Wikipedia
生誕年月日 明治18年(1885年)8月26日
出生地 東京
没年月日 昭和24年(1949年)7月10日
没地  ------------- 
特記事項 屋号:音羽屋
定紋:重ね扇に抱き柏
本名:寺島幸三
襲名歴:1.二代目尾上丑之助 2.六代目尾上菊五郎
俳名:三朝
親族:五代目尾上菊五郎(父)、六代目坂東彦三郎(弟)、家寿子(先妻)、千代(後妻)、七代目尾上梅幸(養子)、二代目尾上九朗右衛門久枝(十七代目中村勘三郎の妻)
当たり役:「京鹿子娘道成寺」の白拍子花子、「春興鏡獅子」の弥生/獅子の精、「義経千本桜」の狐忠信、ほか多数
経歴 初代中村吉右衛門とともに、「菊吉時代」の全盛期を築いた。歌舞伎界での「六代目」は、通常この六代目尾上菊五郎のことを指す。
立役も女形もこなし、舞踊を得意としていた。尊敬する俳優は九代目團十郎や初代中村鴈治郎など新しい芸を開拓する先輩たちで、本人も近代的な解釈を取り込むことに意欲的であった。
大正時代、市村座(下谷区二長町)で吉右衛門と共に活躍し、「二長町時代」「菊吉時代」を築いた。世話物と舞踏に優れており、家の芸として五代目の新古演劇十種を継承する。吉右衛門の脱退後、市村座を支えたがまもなく歌舞伎座に移った。
昭和24年(1949年)4月東横劇場「盲長屋梅加賀鳶」の道玄を演じたが、最中に眼底出血で倒れてしまう。自宅療養を始めるが、病状は回復せず、7月死去。同年11月、歌舞伎界で初めて文化勲章を受章した。辞世の句は「まだ足らぬ踊りおどりてあの世まで」。

豊島区の静かで落ち着いた雰囲気の霊園

豊島区の南部に位置する東京都営の共同墓地。都内にもかかわらず、静かで落ち着いた雰囲気の漂う霊園です。 夏目漱石の小説『こゝろ』の舞台になっていると言われています。 多くの著名人がこの霊園で眠ることでも有名で、霊園管理事務所(霊園の東端、中央)に、都立雑司ヶ谷霊園に眠る著名人の紹介パンフレットが用意されています。江戸・明治・大正・昭和と、この地域で活動した文化人を通して、この地域の文化や歴史の一端に触れることができます。


六代目尾上菊五郎の墓碑位置

1-17-19

墓情報

埋葬地名 都営 雑司ケ谷霊園
ウェブサイト http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index071.html
所在地 東京都豊島区南池袋4-25-1
最寄駅 • 東京メトロ有楽町線「東池袋駅」徒歩約10分
• 東京メトロ地下鉄副都心線「雑司が谷駅」徒歩約10分
• JR山手線「池袋駅(東口)」徒歩約15分
• 都電荒川線「雑司ヶ谷駅」徒歩約5分
最寄I.C. 首都高速都心環状線 護国寺 約5分
拝観時間 午前8時30分~午後5時15分
拝観料 無料
周辺情報 護国寺、区立中央図書館、東京大学付属植物園

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