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伊達政宗  [ だてまさむね ]

伊達政宗
画像元:Wikipedia
生誕年月日 永禄10年8月3日(1567年9月5日)
出生地  ------------- 
没年月日 寛永13年5月24日(1636年6月27日)
没地  ------------- 
官位 従五位下・左京大夫、侍従、越前守、従四位下・右近衛権少将、陸奥守、正四位下・参議、従三位、権中納言、贈従二位
特記事項 改名:梵天丸(幼名)、政宗
別名:藤次郎(通称)ほか
諡号:貞山
神号:武振彦命
戒名:瑞巌寺殿貞山禅利大居士
室町幕府:陸奥国守護
主君:豊臣秀吉→秀頼→徳川家康→秀忠→家光
藩:陸奥国仙台藩主
氏族:伊達氏
経歴 出羽・伊達氏第17代当主。米沢城主。幼少期に疱瘡により右眼を失明しており、「奥州の独眼龍」の異名を持つ武将。 1584年若干18歳にて家督を継ぐが、翌年二本松義継により父輝宗を拉致され、これを失う。その後勢力を拡大して、1589年には会津・蘆名氏を摺上原合戦で破り、24歳にして奥州を席卷、奥州66郡中の30余郡を物にすることに成功。しかし、羽柴秀吉の小田原征伐に際してこれに参陣し、会津等所領の大半を失う。秀吉死後は、徳川家康に接近し、関ヶ原合戦では越後・上杉氏と戦う。家康死後も天下を狙うことなく、幕府につかえ、秀忠・家光の尊敬を得た。
終生、人前で寝た姿を見せなかったとされている。

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伊達政宗の霊屋

瑞鳳殿は寛永13年、70歳で生涯を閉じた仙台藩の伊達政宗の遺言により、正宗の亡くなった翌年に経ケ峯に造営されました。桃山様式で建てられた色とりどりな外観の豪華な廟建築として昭和6年に国宝として指定されましたが、昭和20年の戦時中で惜しくも戦災にあい、焼失してしました。現在の建物は昭和54年に再建されたものです。

ほかにも、この瑞鳳殿を北上したところに位置する青葉神社にも伊達政宗は祭られています。

墓情報

埋葬地名 瑞鳳殿
ウェブサイト http://www.zuihoden.com/
所在地 宮城県仙台市青葉区霊屋下23-2
最寄駅 • JR線「仙台駅」:るーぷる仙台乗車⇒「瑞鳳殿前」下車すぐ
• JR線「仙台駅」車約12分
最寄I.C. 東北自動車道「宮城IC」約17分
拝観時間 • 2月1日~11月30日 9:00~16:30(最終入館時間)
• 12月1日~1月31日 9:00~16:00(最終入館時間)
• 休館日:12月31日~1月1日
拝観料 • 個人
  一般、大学生550円、高校生400円、小・中学生200円
• 団体20人以上
  一般、大学生450円、高校生350円、小・中学生150円
• 団体50人以上及び障害者
  一般、大学生350円、高校生300円、小・中学生100円
立て札による
案内・解説
あり
同じ墓域に眠る
偉人
五代藩主吉村公以後歴代藩主公子公女、九代藩主周宗公、十一代藩主斉義公夫妻
周辺地域に眠る
偉人
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周辺情報 瑞鳳寺、青葉神社、愛宕神社、広瀬側遊歩道、穴蔵神社

周辺地図


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