湯地定基
[ ゆちさだもと ]
生誕年月日 |
天保14年9月4日(1843年9月27日) |
特記事項 |
職業:鹿児島藩士、官僚、貴族院議員
親族:湯地定監(弟)、乃木静子(弟)
通称:治左(右)衛門
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経歴 |
幕末期は薩摩鹿児島藩士として活動し、明治維新が起こり明治3年になると藩からの命を受け、アメリカで農学を学ぶようになる。帰国してからは開拓使に就き、その後に根室県令、北海道庁理事官などを務める。
北海道の洋式農業の発展に尽力した。明治24年には貴族院議員となる。昭和3年2月10日死去。86歳であった。
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都心の歴史ある高級霊園
1872年(明治5)に日本最初の公営墓地として開かれた霊園で、都心にあり交通の便が大変に優れているため、いつでもこころおきなくご先祖様にお参りすることが可能です。
各界著名人のお墓があることでも知られている都立霊園で、大久保利通や、忠犬ハチ公の墓などもあります。永久に眠る地として都心を選ぶとき、著名人と同じ霊園ということはステータスをも思わせます。
また墓地の中は何本も道路が通っており、それら道路の両側には桜の巨木が多く植えられ、お花見の時期には桜の名所としても知られるほど。違った一面も楽しむことが魅力の霊園です。
湯地定基の墓碑位置
1-イ3-3