南部甕男 [ なんぶみかお ]
画像元:Wikipedia
生誕年月日 | 弘化2年6月15日(1845年7月19日) |
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出生地 | 高知県大野見村(現・高知県高岡郡中土佐町) |
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没年月日 | 大正12年(1923年)9月19日 |
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没地 | ------------- |
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特記事項 | 職業:司法官僚 号:南陽 勲章:正二位勲一等 爵位:男爵 親族:南部従吾(父) |
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経歴 | 土佐勤王党に加盟し、後に脱藩して上京。諸藩の志士と交流を持ち、勤皇活動に従事した。 八月十八日の政変では三条実美の衛士で、その命に従い長州へ亡命、大宰府移住にも随行した。戊辰戦争では東山道先鋒総督の書記兼斥候を務める。 維新後は、兵部少録任官を皮切りに、7等判事、熊本裁判所長、神戸裁判所長、司法権大書記官・民事局長、大審院長心得(兼大審院部長)、東京控訴院長など、主に司法関係の要職を歴任した。その後明治29年(1896年)6月に男爵に叙せられ、同年10月に大審院長に就任する。明治39年(1906年)7月の退官した後は枢密顧問官をつとめ、法曹会の設立にも尽力した。 大正12年(1923年)に死去。享年79であった。 父の南部従吾は陽明学者で、門人には武市瑞山、谷干城らがいたとして知られている。 |
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都心の歴史ある高級霊園
1872年(明治5)に日本最初の公営墓地として開かれた霊園で、都心にあり交通の便が大変に優れているため、いつでもこころおきなくご先祖様にお参りすることが可能です。
各界著名人のお墓があることでも知られている都立霊園で、大久保利通や、忠犬ハチ公の墓などもあります。永久に眠る地として都心を選ぶとき、著名人と同じ霊園ということはステータスをも思わせます。
また墓地の中は何本も道路が通っており、それら道路の両側には桜の巨木が多く植えられ、お花見の時期には桜の名所としても知られるほど。違った一面も楽しむことが魅力の霊園です。
南部甕男の墓碑位置
1-イ21-6
墓情報
埋葬地名 | 都営青山霊園 |
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ウェブサイト | http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index072.html |
所在地 | 東京都港区南青山2-32-2 |
最寄駅 |
• 東京メトロ銀座線「外苑前駅」徒歩約8分 • 東京メトロ千代田線「乃木坂駅」徒歩約12分 |
最寄I.C. | 首都高速3号渋谷線「高樹町」約8分 |
拝観時間 | 午前8時30分~午後5時15分 |
拝観料 | 無料 |
周辺情報 | 旧乃木邸、乃木神社、都立青山公園、国立新美術館 |